色々思ったやつを書くところにする予定

徒然なるままに(以下略)なる予定ですが、多分出来ません。

ワンキャンパスと履修

都内の大学はワンキャンパスを良く謳う。キャンパスが一つだから〜と言う。

だからなんだ。講義がキャンパスを跨ぐことなんて、専門講義では殆どない話だ。ワンキャンパスの利点なんて見栄えの話でしかない。確かに、メインのキャンパスを都会に置いて、他の学部は辺境に〜なんてことは嫌な話だ。せっかくの大学生活なのだから都内に居たいと思う。

だが、一つのキャンパスに人をまとめれば、各学部に割り当てられる教場の数が自ずと減っていく。使える教場の数が減れば、各学部の講義も減らざるを得ないし、楽しい講義や人気の講義は直ぐに抽選になる。

何を言いたいかというと、受けたい講義が受けられなくなる、という話だ。個人的な話でしかないが、非常に困りものだ。

せっかく高い学費を払って貰っているのに、受けたい講義を受けられないかもしれないのだ。たとえ単位を落としたとしても、講義に出ていれば知識は多少つく。しかし、出れないのでは何も始まらない。じゃあ本を読んで知識をつける、というのもあるが、それが出来るなら大学に通う必要なんてそもそもないのだ。

もはや道は一つしかない。学費分に含まれず、講義を受けることができ、しかも単位に怯える必要もない。

つまり潜るのだ。行きたい講義に潜ればいいのだ。潜るならばこっそり受けていればいい大学に入る必要はないし、入らないのだからお金も掛からない。最高だ。

まぁそこまでするつもりはないが、とにかく抽選履修が非常に腹立たしい。なんなんだ一体。この野郎め

上野でお花見をしてきたはなし

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サークルの人たちと上野でお花見をしてきた。

昼から行ったので場所が取れるか不安だったが、丁度撤収中の人達の場所に滑り込む形で桜の真下という好立地を手に入れられた。空は生憎の曇天だったが、桜の花びらが時折落ちてきていい感じに風流で、お酒が非常に美味しい。話も弾んですぐに出来上がってしまった。

しかし、陽気な雰囲気をぶち壊すような問題が起きてしまった。知らないおじさんにお酌されてダウンした先輩が帰宅した後、得体の知れない男がストロングゼロ片手にやってきて一緒に飲みませんかと言ってきた。

来たのは一人だったし、別に一緒に飲むくらいはどうってことはない。せっかくのお花見であるから楽しむ人が増えるのはいいことだ。

話を聞くと、その男は大阪から旅をしている23歳らしい。折角だからスパークリングワインを注いでやったが飲んでくれなかった。非常に賢明だ。

しばらくして、悩みはないか、という話題がその男から出てきた。そこで先輩の一人は、就活が辛い、人事部が憎い、と。しかし、その男はそんなのは悩みではないと言い切った。就活は社会の流れで当たり前にあることで、もっと個人的な悩みが聴きたい、そもそも就活失敗しても生きていけるのだから、と。確かに、目の前の男を見てると説得力がある。同じ状況になりたいとは思わなかったが。個人的な悩みであれば、僕はわたてんが最終回を迎えてしまった話をしたかったが、あの男にこの手の話題はないなと思って話さなかったが。

結論を言えば、この話題は雰囲気を一気に悪くした。サークル会員の一人が就活だって立派な悩みだ、とフォローを入れたが、お前の話はどうでもいいんや、と一蹴。そしてその先輩の一人にお酌をしようとする。その先輩はお酒が強いわけではないので、これを拒否しようとしたが、押しに負けて注がれてしまった。ウチではお酌は禁止なんだと言えば、お前は関係ないとまた一蹴。

なにかとその先輩に絡もうとするし、得体が知れないから不気味なことこの上ない。しかも、この状況で、あと2、3人仲間を呼んでいいか、とのたまう。流石にこれは不味いと、先輩が帰ってくれ、とついに言った。

しかし、その男はなかなか帰ろうとしない。いいから帰ってくれ、と何度も言うがあーだこーだと居座ろうとする。僕はこのままだと通報しないといけない、と脅したがそれを無視して居座ろうとする。

仕方ないので通報し、電話で警察の人と話していたらその男は帰っていった。できれば関東からも出て行って欲しい。

通報してる時、その男は意外にも帰るそぶりを見せていたので、ちょっと繋いだままにしてくれ、と話したが、警察は繋ぎっぱなしは出来ない、の一点張りだった。さっさと通報して、早く来いと言ってしてしまった方が良かったのかも知れない。

だが、よく考えたらその男の罪状がわからない。なんらかの現行犯であることを伝えたかったが、なんの現行犯か分からなかったのは失態だった。法学部なのに。

情けない話だが、帰って欲しい意思を示したのにも関わらず、居座ろうとする人間は何罪なのか、なんの条例に引っかかるのか、そもそも問題がないのか知ってる方がいれば教えてほしい。

それに、警察に頼らずそういう輩を退散させる術も必要に感じた。そういうわけで、これからは黒塗りの街宣車の真似や、三島由紀夫演説も有用に使っていきたい。

星と翼のパラドクスをプレイした

京都広島旅行記はめんどくさくなったのでこれ以上更新しません。悪しからず。

 

それで、本題である。以前より気になってた星と翼のパラドクスを遂にプレイしてきたのでその話。

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 ゲームは、いくつかのモードがあり、全国対戦モード、cp対戦モードとチュートリアルだった気がする。チュートリアルの終盤では別のサポートパートナーのレイカから介入を受け、教えられたことを実践する機会が与えられる。ちなみに私は負けた。

 初回プレイではチュートリアル後に全国対戦が出来た。ゲーム内容は拠点の奪い合いと、本拠地防衛のような感じだった。これは、はっきり言って何をしたらいいのか直ぐには分からなかった。一応対戦ゲームなので敵機を発見次第喧嘩を売りに行くのだが、皆恐ろしくすばしっこい。恐ろしいほどの小半径で旋回するのだ。仕方ないので回避行動で無理やり相手をHUDに捉えて銃撃をする。途中で気づいたのだが、私が最初に選択したロールである「サポート」は初期武器に回復銃(モンハンの回復弾みたいなもの)があるようで、それに気付かず敵に回復弾を撃ちまくっていた。トリガーハッピーだった。幸いにも敵への回復効果はなかった。その後撃墜されてしまったので、ロールを「アサルト」に変更し再出撃した。このロールはその名の通りアタッカーで、銃やミサイルで攻撃できるロールだ。よくわからないまま初戦はチームの勝ちで終わり、喫煙所に一服しに行った。

 その後、空いていたのでまたプレイした。ちなみに1プレイ300円で、コンティニューは200円。あの台は交代制であったが、コンティニュー後は強制終了だったので、2ゲーム交代なのだろう。

 それはそれとして、今度は最初からアサルトで出撃である。ゲームが始まると高速で主戦場に飛び込まざるを得ないので、そのまま突貫する。敵を見つけたら撃ってかかる。サーチアンドデストロイである。だからといってその日の総撃墜数は4つ程度だったが。

 2回目というのもあって、操作にも慣れ、オペレーターの声に耳を向ける余裕も出てきた。チーム内では2位、その次は3位と、初心者にしては上出来ではなかろうか。ただ、ツイッターを見るかぎり、アシストに徹すれば確実にランクが上がるらしいので、そういう人らの影響もあるだろう。また、そもそも夕方だったのでcpが混じっていたのかもしれない。名前がみんな〇〇(オペレーターの名前)のXX(機体名)という風なのばかりであったから、これはあながち正しいかもしれない。ちなみに私は北一輝の名前でプレイしてる。対戦中見つけたら大人しく的になってもらいたい。

 初プレイの感想だが、勝てたのでとても楽しかった。勝てたからというのがかなり大きいだろうが、勝てなくてもそれなりに楽しめるだろう。ゲームが始まった時のブーストはナラティブガンダムを思わせる。頭の中でvigilantが流れてきそうだった。

 このゲームは上の写真の通りの大きな媒体を持つ。座席が稼働し、より没入感のあるプレイができる。この動く座席は割と心地よく、レースゲームで身体が傾いてしまう感覚を後押しするようで、操作する機体の動きが直感的にわかる。まぁこれは本気でやればやるほどいらない機能かもしれないが、私のようなプレイヤーには大変楽しいものだ。

 ただ、ただである。真の本題はここからである。面白いのはゲームとして当然であり、つまらなかったら一行目からこき下ろしている。だからこそ、贅沢なクレームとして気になった点を2つ。

 まず1つ目はサイドパネルの位置である。このゲームでは出撃前にオペレーターとサイドパネル越しにハイタッチするのだが、これは萌えポイントである。ついにやけてしまう。ちなみに推しは「レイカ」ちゃんである。「冷静に」が口癖の人である。

【追記】マップは主画面にも表示されていた。私の視野が狭いだけだった。ただ、サイドパネルの可動は気になっている点なので、消さない

 まぁそれはいい。このサイドパネルであるが、可動式にならないものだろうか。ハイタッチは良い。フヒヒとなれるいい点である。だが、戦闘が始まったらハイタッチはない。撃破しても手を差し出してはくれない。サイドパネルにはマップかロール選択しか映らないのだ。撃破されたら右上のサイドパネルまで手を伸ばして選択しなくてはならないし、マップが見たいときは画面から完全に目をそらさなければならない。なので私は殆どマップは見ていない。

 これはどうかと思う。せめて、パネルのアームを可動式にして、体の前に持ってこれないものだろうか。ゲームが始まると同時にパネルを手動で前に持ってこれたらどれだけ楽しいだろうか。前に設置せよというわけではなく、動かせるようにして欲しい。戦闘機のコクピットだって、必要な情報は前方部設置する(下写真)。

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 この写真は国際航空宇宙展にロッキード・マーティンが設置していたF-35モックアップに座らしてもらったときに撮ってもらった写真である。

 次に、操縦システムである。ボタン配置などに申し分ない。最低限の設置でこれだけ動けるのだから文句のつけようがない。しかし、困ったことに、機体の前後左右の移動を司る左レバーの形がスロットルレーバーをもしているのである。

 このゲームは左右のレバーが戦闘機のそれを模している。かっこいい。ただ、スロットルレバーを左右に振る、という動作がどうしても慣れない。

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戦闘機のスロットルレバーがどんな形かわからない方は上記写真を見てもらいたい。エースコンバットジョイスティックでプレイしている方ならわかるだろうが、左レバーがこの形をしていると左右に振り辛いだろう。気持ち的に。動かしたらなんだか壊れそう。

なので、次からは是非ともrafaleの操縦桿を模してもらいたい。個人的な好みもあるが、これなら操作に疑問は無くなるだろう。

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左下のスティックがスロットルである。これなら心配なかろう。ちなみにこの写真は私が撮影したものではない。

 

 

文句もたれたが、非常に楽しいやつだった。財布が肥ってる時は可能な限りプレイしに行きたいものだ。

ふたたび京都、広島旅行記(最終回)

 8月の30日から翌月の5日にかけて京都と広島に旅行に行った。せっかく沢山の写真を撮ったわけで(一週間程度の旅行に多いのか少ないのかはわからないが合計で500枚以上撮っていた)、長らく眠らせていたこの場で駄文にその一部を添えておこうと思う。

 今回はあと何回か続く旅行記の、その二番目である。京都に着いた旅の実質一日目について書いてある。

 

 8月31日。京都に着いたのはだいたい正午であった。日射が厳しいので駅に近くのローソンで日焼け止めを買って、カフェで簡単な昼食を取ることにした。

 f:id:teru3emon:20180906160703j:plain京都駅とヨドバシカメラの間くらいにあったカフェは喫煙可能で、しかもちょうどモーニングサービス中と言うことだというのでここにした。

 モーニングセットにはいくつか種類があったが、パンケーキとアイスコーヒーを選んだ。どうでもいいが、僕はコーヒーより紅茶の方が好きである。神保町ではカッコを付けてカフェに入ってコーヒーを飲むことも度々であるが、味の違いが、酸味が強いか苦味があるか、くらいの違いが分かる程度で、そもそもコーヒー自体大好きというわけでもない。そもそも紅茶系のカフェというのが少なすぎるのだ。確かに、紅茶とタバコは合わないが、紅茶が飲みたい。

 ブログにはしてないが、実は去年も京都に来ていた。去年は5日ほどの時間をかけて関西旅行としていたのだ。その中、18きっぷの節約がしたくて京都には大阪駅から歩いった。距離にして約47km。かかった時間は12時間である。大阪駅のスターバーックスでキャラメルマキアートを二杯飲みカロリーを摂取し、食料とポカリを万全にして等持院に向かったのだ。

 個人的には万全の準備だったのだが、京都に着いたときにはすでにフラフラしていて、はっきり言って死にそうだった。途中見つけた川で足を涼めようとしたら攣りかけ、小休止のつもりがコンビニのイートインに30分くらい居座ったりなど、踏んだり蹴ったりだったが、その末に着いた等持院で飲んだ抹茶は格別だった。美味しい紅茶を飲むにはまず犬の散歩から始める、という話を聞いたことがあるが、なるほどという具合だった。

 なぜこんな苦行自慢をしたかと言えば、カフェをあとにして僕は等持院に向かったからである。京都駅からだいたい7km。歩いておよそ1時間である。去年に比べたら大した距離ではないから歩くことにした。

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  道中に東本願寺があったためそのまま入る。今回、立ち寄った寺社仏閣では恋人ができるようにとお祈りする予定があったので、なんらかの儀式が公開されている中、後ろの方で簡単にお祈りし、軽く境内を回りここをあとにした。

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水場で涼む鳩。毛がバサバサしている。コンディショナーをしたほうが良い。

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手水舎の龍神。水の勢いが無く獣のよだれにしか見えない。

 何枚かパシャパシャ撮っていたわけだが、こうも晴れているとシャッタースピードF値、ISOの調節が難しい。僕のようなトーシロには逆光な写真しか撮れない。

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京都タワーと絡めて撮ろうとしたが、逆光になって屋内が見えない



 

 

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屋内が見えるように遅めのシャッタースピードにしたら京都タワーがUFOと化した

 この時間から暑さがまた酷くなってきたが、歩道に出てまた北上した。しかし、無理なものは無理で、500mくらい歩いたときにはすでにバテていて、仕方なくバスに乗った。京都中心のバスはたいてい230円一律で乗りやすい。乗りやすいが30円余計な気がする。

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 バスに揺られて数十分。京都観光の最終目標に初日に到達しつつある。だが、停留所は見慣れない景色だった。それも当然、京都には無数にバスの路線が張り巡らされているので、前回乗ったバスの上り便に乗れていたわけではなかったのだ。

 停留所に着いて、等持院に近づいた気がしたが、ここからまた歩くこととなった。また北上していたのだが、どうやらいくつか曲がるべき角を通り過ぎてしまったらしく、立命館大学の入り口に着いてしまった。そうはいっても、そこを曲がり、南下したところ見知ったお店の前に出た。写真はないが、この店で去年は夕飯のカップ麺を買ったのだ。何より、店の前に喫煙所があり、日に晒されていて快適とは言えないが、タバコが吸えるのはいいことだ。

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 その喫煙所から2、3歩歩いたところに等持院の入り口がある。これほどわかりやすい入り口はないが、入ると50mほど民家が連なっており、少しだけ困惑する人もいるかもしれない。

f:id:teru3emon:20180906213425j:plain道中にあるマキノ省三先生像。僕はこの方がどなたなのかは知らないが、どうやら日本の映画史にのこる重要な人物らしい。

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 マキノ省三先生像を通り過ぎればあとちょっとである。ちょこっと見える瓦屋根の建物がそれである。

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 等持院。経緯は省くが、つまり足利氏に縁ある場所で中には足利氏の木像が置いてある。ただ見ればわかるように、現在改修工事中で木像を見ることは出来ない。しかし、庭園を見ながら抹茶は飲める。

 

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美味しい抹茶とお菓子

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 抹茶を受付で頼むと抹茶券を渡され、ここで待つように言われる。撮影位置はこの場所の最奥である。

 

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 そこから見える庭園がこの写真である。名は芙蓉池という。決して広くはないが、この写真では分かり辛いだろうが、非常に密度がある。しかし、あいにく僕は庭園を比較できるほど見たことがないので、実際のところ密度がどうのこうのというのはわからない。

 しかも、今調べていたら等持院には2つの庭園があるようで、これはそのうちの西側のようだ。次回は東側にも行ってみたい。

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芙蓉池のイトシャジン(多分)

 

 抹茶を飲み、お菓子も食べて一息つきながら庭園を眺めると貴族になったような気分になる。当時の貴族の食事は現代から見ると割と質素という印象だ。しかし、なぜああも肥え太っているのだろうかと思ったが、再現写真を見る限り量だけはあるようだ。しかし、あれと比べればカップ麺のほうが絢爛としている気がする。

 あんまり長居すると動けなくなってしまうので等持院を出た。実はこの等持院金閣寺仁和寺などの近くにあるのだが、人も少なく割と穴場じみている。そこで、去年の京都旅行では行かなかった金閣寺へ行くことにした。

 近くにあると言っても、それなりに歩く。大通りに出るまではバスもないのでとにかく歩く。大通りに出てしまえばあとちょっとな気がするため、やはり歩く。そうして15分くらい歩けばすぐ金閣寺である。

 

下書きにここまで書いてあったのだが、もう書く気力がないのでこれにて最終回である

 

 

京都、広島旅行記

 8月の30日から翌月の5日にかけて京都と広島に旅行に行った。せっかく沢山の写真を撮ったわけで(一週間程度の旅行に多いのか少ないのかはわからないが合計で500枚以上撮っていた)、長らく眠らせていたこの場で駄文にその一部を添えておこうと思う。

今回はあと何回か続く旅行記の、その一番目である。中間地点の名古屋から京都に着くまでのことを書いてある。

 

 

 8月30日。この日は深夜バスに乗るために夜の新宿ぶらついていた。ものは試しにとネットで見つけた安めのバーに行き、カシオレなんかをチミチミ飲んでいた。通はこういうときにマティーニなどを頼んでバーの良し悪しを判断するらしいが、僕はそういった鋭敏な感覚の舌は持っていないのでカシオレである。

 時間を潰せたのでバス乗り場に移動して、名古屋行のバスに乗車する。なぜ名古屋行なのかと言えば、京都直通のバスが取れなかったからだ。そもそも旅行中のバスを取ったのは30日の未明である。直前割引を狙ったつもりだったが、別にそんなものは存在しなかったし、狙ったバスはないしで、すべてが裏目に出た形であった。

 8月31日。早朝に名古屋に着いた。バスを降りてから名古屋駅のバス乗り場に向かう。早朝の涼しげな空気は僕に京都の暑さを忘れさせてしまった。

f:id:teru3emon:20180905213206j:plain名古屋と聞いて、最初に思いつくのが名古屋走りであったため、横断歩道を渡る際などは必要以上に注意を払っていたが、あまりにも偏見が過ぎたのか、ウィンカーを出さない車はないし、杞憂であった。かのように思われたが、駅に向かって歩く僕を後ろから二人乗りの自転車がすり抜けていった。偏見は偏見でしかなく、実際の名古屋走りは歩行者にとって車以上に身近なようだ。

 名古屋駅のバス乗り場には喫煙所があり、地方都市はまだ喫煙者に優しいことが伺える。僕もそこで一服し、2次喫煙を気にせずに京都行のバスに乗る。途中ゲリラ豪雨じみた雨にバスが降られていたが、事故もなく、渋滞もなく、無事に正午少し前に京都に着いた。

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 主要な雨具が折りたたみ傘と夏には蒸せるカッパだけで、できれば使いたくないので雨の心配をしていたが、着いたときには雨は上がり、ジリジリとした日射と暑さが早速旅のやる気を削いでいった。

 

 写真のjpg変換が終わらないので今回はここまで。

 次回は8月31日の昼過ぎから就寝まで。

5、6時間前の話

 マストドンで、そこの知り合いと喋っていた。その人の愚痴をそれ形であるが、そこで気づきたくもない感情に気づいた。その人が愚痴を話す、僕はそれを読み、簡単な応答をする、しかし応答なんて同意の意図が伝わればいいぐらいの、簡単なもので良いのに、ここには僕の意思が多分に含まれていた。喋ってるんだから意思が含まれているのは当たり前だろうというのは、当たり前の話だが、これはそういう同意の意思ではなく、僕の意見のことである。僕は同意するつもりの中で、意見を更に付け加えていたのである。

 これはなぜか、それは恐らく関わりたいのだろう、そして関わりたかったのはその人ではなく、その人の事情にである。自分の経験にないようなことの事情に関わってみたいのだ、スポーツとかで届かない指示を出しているファンと同じ心理だろう。自分の案は有用であるから、検討しなさい、と。自分もその状況の一分になりたい、そして、自分の案で成功に向かって欲しい、と。

 結局、相手のためでも何でもなく、自分のためだろう。唯識仏教では、末那識という物がある。これは、簡単に言えば、いつでも自惚れている心のことである。唯識の定めるところに、人の心の源泉である阿頼耶識はこの末那識に作用を受けているという。人は潜在的に我欲に動くものと、実質的に言われている。

 きっとこれのせいだろう、いや、これを発端としているだけで、それを制御できていない自分がいるのだ、自分の欲求に気づけずに欲求を発しているのだ。

 これを機に少しは自重していけるようになりたい、自分の欲求くらい自分の意志から出したいものである。

 

 

優先席

 先月に自転車を買った、ARAYAのFEDERALの今年モデルである、これを使って最近は自宅から駅までの道のりを行き来している。ちょっとした運動にもなって良い気分である、しかし今日という日は雨であった。自宅で過ごす分には雨というのは心地よい音でちょっとしたASMRである。それでも平日である今日は雨の中家を出なければならないので、仕方なくバスを使った。

 その帰り道、満員のバスに揺られながらマストドンに勤しんでいたのだが、家まであと半分というところで比較的空いてきた。席も多少空き始めたのだがそこは優先席である、誰か座るべき人がいるだろうと思って周りを少々見回すのだが、誰も彼も座ろうという意思が感じられない。僕から見たら一席空いてて隣がよく伺えなかったが、よく見るとサラリーマンが鞄を置いている、誰も座らないというなら「ぢゃ、僕が」という具合にカバンを抱えながら座った。次の停留所でそのサラリーは降りていき、少しして本でも読もうかと思えば、サラリーと入れ替わりにリュックの部活帰りの高校生が空きの優先席の前に来た。リュックが邪魔でこれでは本どころではないと渋々断念して、改めて優先席を見てみると、僕以外は誰も座っていない。

 いくら空いたと言ってもまだ立っている人は多い、なぜ誰も座らないのか、これは簡単な理由で、席を譲るのが面倒だからである、僕もよく分かる。しかし譲るべき人は見たところ誰も居ないので僕は座った、だがこれではまるで異端者のようではないか。この譲るのが面倒だから座らない、と言うのは合理的で、楽ちんな上に無駄な会釈もなく席の必要な人を優先席へ座らせられることもできる。単純明快な話である。しかしこんなことでも形骸化していると言わざるをえない、烏合の衆は優先席は座らないものという認識でいる。もはやそうとしか考えられない、そうでなければ空いた優先席の前に立ち尽くす者などいるはずはない。彼は体幹を鍛えているつもりだったのだろうか、だとしたら場違いである、他の場所でやりなさい。あのリーマンは鞄を椅子に置いてさぞかし楽だったろう、貴様が座りながら鞄を持てばもう少し通り道がスッキリしたに違いない。

 なにやら文句が多くて口うるさい人にしか見えなくなってしまった。それでも、あまりにも僕には見通せない深遠なる考えの持ち主が一堂に会していた処に出くわして、僕は感極まったのである。嬉しさのあまり駄文も書いてしまう。